集団就職の思い出
宗方 光子さん

昭和30年代から40年代は集団就職の最盛期。筆甫はもちろんのこと、
地方から大勢の若者が首都圏に出ていきました。
私もそのうちの1人として中学卒業後に就職をしました。
大河原職業安定所から私を含め18名が静岡の紡績会社に入社することに
なりました。


出発の日、仙台駅に集合するとホームには大勢の若者と家族。私は父と先生に見送られ列車に乗りました。
周りを見るとそれぞれの家族が別れを惜しみ泣いていました。昔、紡績と言えば女工哀史と言われたほど
過酷な労働で体を悪くするところと思われていました。

静岡に着いた時はすでに夜。すぐ食堂に連れていかれ夕食、なんとどんぶり飯。それに私たち新入社員の多さ。
後に入社式の写真を見ると第一次入社式で150名はいました。

翌日、会社の大きさと富士山がすぐ近くにあり、その美しさに驚き不安な気持ちが消えていました。
会社では習いごとか高校進学を選択することができ私は高校進学を選択。一緒に働いていた多くの人が
高校進学を選びました。

会社では春と秋のバス旅行、盆踊り、運動会やクリスマスパーティがあり仕事と学校がつらいと感じたことは
ありませんでした。3年目に私がいた部署が綿繊維から化学繊維へと変わり、その時を機に退社し
東京に行くことにしました。

最初不安な気持ちもあった集団就職も多くの人に支えられて働くことができました。
この静岡の3年間は幸運にも楽しい日々でした。

平成26年10月号掲載
   

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